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金曜日のブログ担当
粋な女子道 稲垣沙織です。
このブログでは、「美しい地球を伝え残そう」をテーマに
大好きな神奈川県鎌倉、葉山を中心に旅先で出逢った地球の美しさを発信していきます。
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「察してください」と「お察しします」の違い。
「察してください」という言葉、耳にすることも、
つい使ってしまうこともあるかもしれません。
そして、察する文化が日本の面倒な精神性と呟く方もいます。
「察する」の本来の意味がどこかのタイミングで変わってしまったのだと感じます。
「察してください」
この言葉には少しだけ野暮が潜んでいるように思っています。
なぜなら「察してください」は、
自分の気持ちを相手にわかってほしいという「欲」を、言外に押し付けてしまう表現。
もちろん、誰もが心の中では「察してほしいな」と思う瞬間はあるもの。
でも、それを表に出してしまった時点で、どこか美しさが失われる。
自分の感情を相手の責任にしているようにも聞こえてしまうのです。
一方で、「お察しします」という言葉には、逆の心配りがあります。
相手が語らぬ思いや背景、言葉にしづらい事情を、こちらが静かに感じ取り、思いを寄せる。
それは、自分の感情ではなく、相手の心を中心にした振る舞い。
そして何より、声高に主張せずとも通じ合おうとする、
そのしなやかな姿勢に、日本の美しい精神性が宿っていると感じています。
元来、日本文化には「間」や「行間を読む」といった独特の感性があります。
言葉を尽くさずとも、まなざしや沈黙の中に心を込める。
この「お察しする」力こそ、人と人との関係をやわらかく、
人間関係を繋いでいく知恵であり、粋の真髄だなとも感じます。
だからこそ、相手に「察してよ」と求める前に、
こちらが「お察しします」と心を寄せられる人でありたい。
察するとは、相手の立場に静かに立ち、余白に心を置くこと。
自分の思いをぶつけるのではなく、見えない部分にそっと寄り添う。
それは、とても丁寧で、優しい関わり方ではないでしょうか。
野暮を脱ぎ捨て、粋なふるまいを磨いていく日々。
自分が察して欲しいではなく、お察しする側になることで、
また気づき、磨けるのかもしれません。
あなたが「美」を感じる瞬間はどんな時ですか?
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「美しい地球」とは、景色や食べ物はもちろん、人それぞれの「考え方や美学」でまた見え方、捉え方が変わってきます。
美しい日々を感じられるのは、そのマインドが大きく影響しています。
美しい地球を伝え残す為に必要なことは何か・・・
そんなことを皆さんと一緒に、日々の生活からゆるっと考えながら、心に余白をつくるブログ時間となれば嬉しいです。
それでは、次週金曜日に
またお会いしましょう。
Saori Inagaki
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