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こんにちは!
100年後も平和で豊かな未来につながる「今」を丁寧に生きるに挑戦中
新潟県長岡市栃尾の【でんきと住まいのさとう】佐藤法子です。
新潟県糸魚川市。
山あいの静かな場所に、ぽつんと佇むお寺があります。 わたしはそのお寺に生まれました。
本堂の後ろには、山がぐっと迫り、目の前には田んぼが広がる、まるで日本むかし話。
私が生まれた頃の家は、藁葺き屋根の庫裡(くり)。 囲炉裏があり、かまどがあり、杉の葉で火を起こしていたあの頃の匂いが、今でもふと蘇ります。
水道も下水もなく、山から引いた水で暮らしを支え、トイレは汲み取り式。
人糞は畑の肥料になっていました。 洗剤もほとんど使わず、油もののない食卓では、食器を水に浸し、手でやさしく撫でるように洗う。 それが“清潔”であり、“当たり前”だったのです。
祖父は、戦争で左手を負傷し、前線から戻された命。
そのおかげで、わたしが今ここにいます。
過酷な暮らしぶりだった話しをことあるごとにしてくれていました。
戦地での体験、食べ物は分け合って、着る物は接いだり、別の物に仕立てたり。
戦争が終わったあとも、慎ましい暮らしぶりは変わらず、
遊び道具は、竹や木材で手作り。
特にお手玉が大好きだった私のために古い着物の端切れを縫い合わせて小豆を詰めて、手作りしてくれたことを覚えています。
畑の支柱や、家の冬囲いなど、暮らしの知恵はすべて山とともにありました。
戦時中、都会からの疎開先として、親戚や子どもたちを受け入れていたこのお寺。
そのご縁は「遠い親戚のようなつながり」として、今も交流があります。
毎年、都会から里帰りのように尋ねて来られる方もいます。
《春》
雪解けと共に活動し始めます。残雪は普段歩いてはいけないような険しい場所へも行けたりします♪
ふきのとうから始まり、タラの芽、あけびの芽、うるい、アザミ、鳥足、わらびやゼンマイ、うど、タケノコ、よもぎなどなど山は惠の宝庫♡
《夏》
蕗が育ち、水菜、山椒、畑の野菜たちもすくすく育ってきます。
じゃがいもは天日に軽く干して、腐らないように保管。
お墓や本堂の蜂の巣を駆除して、はちみつもいただきます。
豆類は、干してさやから外して保管。取れた大豆で、豆腐を作り、味噌も造る。
《秋》
山へきのこを取りに行く事がとても好きでした!
畑で取れた大根や野沢菜を山の水で丁寧に洗い、塩漬けに。
さつまいもや里芋は、良く洗い乾かして、藁で包んで暖かい場所に保管。
柿は皮を剥いて軒先につるす。
《冬》
外仕事が出来なくなるこの頃からは、
囲炉裏を囲んで、暖を取りながら小豆や大豆の選別作業を手伝いました。
小豆はあんこや羊羹に♪
そして正月用の餅をつく。保存用に干してあられも作る。
祖母には「買ってくる」という発想はほとんどありません。
そして、焼き豆腐を竹串で焼いたり、冷やご飯をおむすびにして味噌を塗ってあぶったり。
今思えば、そこに「日本人という民族性」を理解するヒントが隠されていたのかも知れません。
不調があれば、「その薬草は、あの斜面の杉の根元あたりに生えてるよ」と教えてくれ、
その使い方まで丁寧に伝えてくれる——それが、わたしにとっての“薬”の原点です。
何でも知っている祖父母をカッコイイと思っていました。
小学生の頃は、それらの植物を押し花にして標本にし、効能を書き込むのが大好きでした。
祖父母から聴いた智恵を書き残すのが楽しかったのです。
そして、その想いは今も変わらず、多くの人に教えてあげたい♡
夏の夜は、カエルの大合唱で眠れないほど(笑)
でも、ふと空を見上げれば、満天の星。 冬には一面が銀世界。 時に電線の上を跨いで歩くほどの大雪も、日常のひとコマでした。
この暮らしが、いまの“自然と共に生きる”わたしの原点です。
次回は、田舎から飛び出した少女が、バブルの東京で感じた夢と葛藤を綴ります。 どうぞ、お楽しみに♡
「今、この一歩が、未来を創ります。あなたの“暮らしの選択”が、地球と次の世代を支える力になります。」
「共に歩んでいく、すべての仲間たちへ感謝を込めて。」
「誰に相談したらいいのか分からない…」
そんなときは、実家のお母さんに話すような気持ちで、ぜひ私に話してみてくださいね。
現在、【洗濯機のお悩み】も多く寄せられています。
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ごきげんBIOLIFEナビゲーター
さとう のりこ
○゜◎○゜◎アチマリカム○゜◎○゜◎
コメント一覧(2)
人と繋がって助け合う…素敵だ〜
Marc.P
ですよね〜♡日本の原風景を守りたいです^ – ^